今月のBOOK

(2004年 12月号)



「82歳の日記」

メイ・サートン
中村輝子訳

みすず書房
ISBN4−622−07096−0



メイ・サートン
(1912〜1995)

ベルギーに生まれる。
4歳の時に父母とともにアメリカに亡命、マサチューセッツ州ケンブリッジで成人する。
後年は、ヨークの海辺の家で一人暮らしをする。
小説家・詩人であり、日記、自伝的作品も多い。
著書「独り居の日記」「夢見つつ深く植えよ」「海辺の家」「回復まで」他多数。




「日記をメインテーマ」としているこのHP上では、「作家の日記」というコンテンツで、いろんな作家の日記を紹介しているが、、このメイ・サートンというアメリカの女性作家のことを、恥ずかしながら、私は知らなかった。
彼女は、その83年の生涯の間に、詩、小説、エッセーなどの著作物以外に何冊も日記を出版し、邦訳も出ていて多くのファンを持っているという。

この「82歳の日記」という邦訳本は、今年2004年の夏に出たばかりだが、実際に書かれたのは1993年〜1994年、そしてその一年後にサートンは亡くなっているので、これは彼女が今まで出版してきた日記の最終章ということになる。

82歳というものが、どういうものなのか、なってみなければわからないのだろうが、
外見的には、体力気力も衰え始め、物忘れが激しくなったり、小さな動作にも手間取り、それが時々癇癪になったりもする。
けれど、そういうものも無理になんとかしようと思わず、あるがままに「老い」を受け入れる心は、違った意味で、作家としてのプライドと威厳を感じる。

むずかしいのは、他人に頼ることと同時に、困難に降参せず、ひとりでできることはなんでもする、そのバランスだ。−

せっかくの親切心に対しても、そういう年寄り扱いをわずらわしく思う老年期の人もたくさんいるけど、
サートンは、それを恵みとして受け入れているところが、老齢の醜悪から隔たったところに居ると感じられるゆえんなのだろう。

気鬱な症状には、医者の指示に従って積極的に薬を服用し、
詩作や朗読の依頼があれが嬉々として励む。
猫のピエロがそばに居てくれることをこのうえない幸せと感じる。

日記の内容は、とりたててどうということはないような、ささやかな日常がつづられていくが、
その文体からは、80年以上の時間を積み重ねて生きてきた思慮深い女性の、重厚さと気品が漂ってくる。

彼女は、50代のときに作品の中で同性愛であることを告白し、そのことで文学界から抹殺される憂き目に会っている。
この日記の中でも、彼女の伝記作家の女性のことで、自分のことを好奇の目で見ているのかもしれないという不信感を少し覗かせているが、そのことに関する怒りや批判を文章にしても、すこしも下品な感じにならないのは、さすがに作家の日記だなと思った。
同じ事を自分が書いたら、きっと愚痴や不満のはきだめみたいな、醜いもう二度と読み返したくないような日記になっているだろう。


文学界で正当な評価を得ていないと感じたまま終わったサートン。
けれど、存命中に売れて名声を得ることが成功だったといえるだろうか?
あるがままの「老いの孤独」を記した彼女の日記には、
絶望感はなく、むしろ希望の種がある。
彼女の日記のようなものこそ、長く人の心に残る本当の「文学」のような気がする。